野沢駅にて
最初は野沢での抑止を知らず、荻野付近まで先行して待っていたのですが(爆)
カメラを構えて待っていると、コアな方が通りかかって 「甲種回送は、野沢でSLクリスマストレインと交換だよ!」 との情報が…
急いで野沢駅へと引き返したのでした(汗)
何だか、雪の野沢駅にDD51が居る光景を見るのも、久しぶりの事でした。
昔、50系客車がまだ走っていた頃、野沢駅で長時間停車する姿を彷彿させる情景に、夢中でシャッターを切ります!

やって来る車両は変わりましたが、駅の情景は そのまま時間が止まった様な、何とも不思議な空間でした。

トロッコ気動車の窓に貼ってあった車標、滅多に見る事が出来ないので良い記録になりました(笑)
トロッコ気動車の車体には、会津鉄道は芦ノ牧温泉駅名誉猫駅長 「ばす」 のイラストが描かれていました。
新しい車両も、お客さんに愛されて、末長く活躍してほしいですね!

珍しい車両の到来に、駅に居た少女も携帯のカメラで撮影中(笑)
何とも微笑ましい光景でした!

6枚とも 2009年12月 磐越西線 野沢
本年の更新は、今夜で最後になります。
訪問して下さった皆さま、コメントを頂きました皆さま、今年一年ありがとうございましたm(_ _)m
来年も Diesel Power を、どうぞ宜しくお願い申し上げます。
それでは皆様、良いお年を(^o^)/
まりも207
カメラを構えて待っていると、コアな方が通りかかって 「甲種回送は、野沢でSLクリスマストレインと交換だよ!」 との情報が…
急いで野沢駅へと引き返したのでした(汗)
何だか、雪の野沢駅にDD51が居る光景を見るのも、久しぶりの事でした。
昔、50系客車がまだ走っていた頃、野沢駅で長時間停車する姿を彷彿させる情景に、夢中でシャッターを切ります!

やって来る車両は変わりましたが、駅の情景は そのまま時間が止まった様な、何とも不思議な空間でした。

トロッコ気動車の窓に貼ってあった車標、滅多に見る事が出来ないので良い記録になりました(笑)
トロッコ気動車の車体には、会津鉄道は芦ノ牧温泉駅名誉猫駅長 「ばす」 のイラストが描かれていました。
新しい車両も、お客さんに愛されて、末長く活躍してほしいですね!

珍しい車両の到来に、駅に居た少女も携帯のカメラで撮影中(笑)
何とも微笑ましい光景でした!

6枚とも 2009年12月 磐越西線 野沢
本年の更新は、今夜で最後になります。
訪問して下さった皆さま、コメントを頂きました皆さま、今年一年ありがとうございましたm(_ _)m
来年も Diesel Power を、どうぞ宜しくお願い申し上げます。
それでは皆様、良いお年を(^o^)/
まりも207
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薄日射す
雪のヴェールを纏って
大雪にも関わらず、ほぼ定時で駆け抜けて行った甲種回送を追いかけて高速の入口へと帆先を向けると、群岡のカーブへ向かいました。
ここは三つ目の DD51 745 が居た頃、何度も通った思い出深い場所。
このカーブで、再びDD51の雪中走行が見られるとは、夢にも思いませんでした。
通過予定時刻を とうに過ぎた頃、2つのヘッドライトが視界に飛び込んで来ると、雪のヴェールを纏ったDD51が ゆっくりとした速度でカーブへと姿を現します。
どうやら大雪のため、津川より先で徐行運転となった様でした。
ここぞとばかりにアングルを変えて、何度もシャッターを切ったのは言うまでもありません(笑)

その時、傍に居た同業のファンの方が持っていた無線機より、「9280列車、野沢で臨時停車!」との運輸指令からの連絡が不意に耳に入りました。
カーブを走り去る列車の後ろ姿を見送ると、我々も野沢へと向かうのでした。
3枚とも 2009年12月 磐越西線 徳沢?上野尻
ここは三つ目の DD51 745 が居た頃、何度も通った思い出深い場所。
このカーブで、再びDD51の雪中走行が見られるとは、夢にも思いませんでした。
通過予定時刻を とうに過ぎた頃、2つのヘッドライトが視界に飛び込んで来ると、雪のヴェールを纏ったDD51が ゆっくりとした速度でカーブへと姿を現します。
どうやら大雪のため、津川より先で徐行運転となった様でした。
ここぞとばかりにアングルを変えて、何度もシャッターを切ったのは言うまでもありません(笑)

その時、傍に居た同業のファンの方が持っていた無線機より、「9280列車、野沢で臨時停車!」との運輸指令からの連絡が不意に耳に入りました。
カーブを走り去る列車の後ろ姿を見送ると、我々も野沢へと向かうのでした。
3枚とも 2009年12月 磐越西線 徳沢?上野尻
ホワイトクリスマス
ホワイトクリスマスにしては、チョッと降り過ぎた週末の磐越西線沿線でしたが…
SLクリスマストレインの雪中走行に、歓喜に沸いた方も多かった事と思います(笑)
でも自分的には、同じ日に設定されていた会津鉄道向け新型トロッコ気動車の甲種回送が大本命でした。
2007年3月のダイヤ改正で貨物列車が廃止されて以来、約3年ぶりに磐越西線を走行した東新潟区のDD51。
もう二度と走る事のないと思っていた そのステージに、フロント周りにガッチリ雪を抱え込んだDD51が、湿った重い雪を蹴散らしながら進む光景は、まるで夢の様な出来事でした!
DLファン的には、チョッと早いクリスマスプレゼントとなりました(笑)
2枚とも 2009年12月 磐越西線 五十島?三川
SLクリスマストレインの雪中走行に、歓喜に沸いた方も多かった事と思います(笑)
でも自分的には、同じ日に設定されていた会津鉄道向け新型トロッコ気動車の甲種回送が大本命でした。
2007年3月のダイヤ改正で貨物列車が廃止されて以来、約3年ぶりに磐越西線を走行した東新潟区のDD51。
もう二度と走る事のないと思っていた そのステージに、フロント周りにガッチリ雪を抱え込んだDD51が、湿った重い雪を蹴散らしながら進む光景は、まるで夢の様な出来事でした!
DLファン的には、チョッと早いクリスマスプレゼントとなりました(笑)
2枚とも 2009年12月 磐越西線 五十島?三川
最後の時を待つ
磐越西線のSLクリスマストレイン撮影で訪れた郡山駅にて、衝撃的なシーンを目撃しました。
東北新幹線の車窓から見える工場の廃車解体線に、一両のDD14が停まっているではありませんか!
皮肉にも、東北の山沿いや日本海側が大雪に見舞われ、列車ダイヤが終日乱れた この日、雪と闘う役目を終えた除雪用機関車が静かに最後の時を待っていました。
居ても立っても居られず傍に駆け寄ると、DD14の308号機と思われる車体には外されたナンバープレートや銘板類以外には特に欠品も無く、最後の形ある姿だったのは不幸中の幸いでしょうか?
去年から分かってはいたのですが、櫛の歯が一本、また一本と欠けていく様なシーンを見ると、ひとつの時代の終焉を実感させられて複雑な気分になりますね(ToT)
.jpg)
最新のレイルマガジン誌によると、車籍のあるDD14は青森の310号機、長岡の327・332号機と、残り僅か3両との事。
この冬は、雪と闘う最後の勇姿を見る事が出来るでしょうか?
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?追記? DD14 308
1969年 1月11日製造 秋田区へ新製配置
2009年12月 郡山車両センターにて廃車
汽車会社製
長い間、お疲れ様でした。
2枚とも 2009年12月 郡山総合車両センター(公道からLV撮影)
東北新幹線の車窓から見える工場の廃車解体線に、一両のDD14が停まっているではありませんか!
皮肉にも、東北の山沿いや日本海側が大雪に見舞われ、列車ダイヤが終日乱れた この日、雪と闘う役目を終えた除雪用機関車が静かに最後の時を待っていました。
居ても立っても居られず傍に駆け寄ると、DD14の308号機と思われる車体には外されたナンバープレートや銘板類以外には特に欠品も無く、最後の形ある姿だったのは不幸中の幸いでしょうか?
去年から分かってはいたのですが、櫛の歯が一本、また一本と欠けていく様なシーンを見ると、ひとつの時代の終焉を実感させられて複雑な気分になりますね(ToT)
.jpg)
最新のレイルマガジン誌によると、車籍のあるDD14は青森の310号機、長岡の327・332号機と、残り僅か3両との事。
この冬は、雪と闘う最後の勇姿を見る事が出来るでしょうか?
.jpg)
?追記? DD14 308
1969年 1月11日製造 秋田区へ新製配置
2009年12月 郡山車両センターにて廃車
汽車会社製
長い間、お疲れ様でした。
2枚とも 2009年12月 郡山総合車両センター(公道からLV撮影)
スイッチバックの終着駅
昨日のエントリーの続きで、駅本屋の下を通過した貨物列車は引き上げ線へ入ると、スイッチバックしてホッパーの下へと据え付けられます。
ここでは列車の誘導に無線機等は使用せず、すべて手信号による現示で入れ替えが行われています。
昼間は手旗によって行われる誘導ですが、冬の夕暮れ時は カンテラ が使用されます。

ホッパーの長さは6両分、18両編成の貨車は3回に分けて、石灰石を積みこんでは ずらし、また積み込んでは ずらしを繰り返します。
機関士さんと誘導掛さんの、息の合った連携プレーが展開されます!

カンテラ の ともし火は、安全運行への道しるべ。

貨車への積み込みが全て終了すると、機回しをして出発へ備えます。

4枚とも 2009年11月 岩手開発鉄道 岩手石橋
ここでは列車の誘導に無線機等は使用せず、すべて手信号による現示で入れ替えが行われています。
昼間は手旗によって行われる誘導ですが、冬の夕暮れ時は カンテラ が使用されます。

ホッパーの長さは6両分、18両編成の貨車は3回に分けて、石灰石を積みこんでは ずらし、また積み込んでは ずらしを繰り返します。
機関士さんと誘導掛さんの、息の合った連携プレーが展開されます!

カンテラ の ともし火は、安全運行への道しるべ。

貨車への積み込みが全て終了すると、機回しをして出発へ備えます。

4枚とも 2009年11月 岩手開発鉄道 岩手石橋
ぽっぽや(鉄道員)の情景
昭和14年、大船渡港に連なる内陸部の産業振興を目指して、第3セクターで設立された岩手開発鉄道。
昭和16年には 盛?日頃市 間が開業したものの、苦しい経営が続きました。
その後、昭和32年に小野田(現 太平洋)セメント大船渡工場のセメント輸送を請け負うために、盛?赤崎 間が開業。
さらに昭和35年、日頃市の奥に位置する小野田長岩鉱山からの石灰石輸送を直接行うため、岩手石橋まで路線が延長されました。

そのときに開業した岩手石橋駅でしたが、鉱山関連施設の位置関係により、日本でも珍しいスイッチバックの終着駅という形態になりました。

スイッチバックの関係で、本線より一段高い位置にある駅本屋。
日が暮れて、本日最終となる貨物列車を、カンテラをともして迎え入れる鉄道員の姿がとても印象的でした。

3枚とも 2009年11月 岩手開発鉄道 岩手石橋
昭和16年には 盛?日頃市 間が開業したものの、苦しい経営が続きました。
その後、昭和32年に小野田(現 太平洋)セメント大船渡工場のセメント輸送を請け負うために、盛?赤崎 間が開業。
さらに昭和35年、日頃市の奥に位置する小野田長岩鉱山からの石灰石輸送を直接行うため、岩手石橋まで路線が延長されました。

そのときに開業した岩手石橋駅でしたが、鉱山関連施設の位置関係により、日本でも珍しいスイッチバックの終着駅という形態になりました。

スイッチバックの関係で、本線より一段高い位置にある駅本屋。
日が暮れて、本日最終となる貨物列車を、カンテラをともして迎え入れる鉄道員の姿がとても印象的でした。

3枚とも 2009年11月 岩手開発鉄道 岩手石橋